この項では天文学の扱う最も近くの天体でり、身近な存在である太陽を取り上げる。
まずは太陽に関する数字を以下にまとめておこう。
太陽は全体がガスで出来た巨大なガス球であり、自己重力(自分の重さ)で引き合うことでその形を保っている1 自己重力による構造形成は“天体”と呼ばれるものに共通の特徴である。。 ガスの組成は水素7割、ヘリウム3割である。
太陽の中心部は高圧となり、水素が核融合反応を起こする。 これが太陽のエネルギー源である。 核融合反応により、毎秒\(3.7 \times 10^{38}\)個の陽子(水素原子核)がヘリウム原子核に変換されている。 水素の原子核(陽子)4つが一つのヘリウム原子核となる際に、合計質量は0.7%軽くなる。 この失われた質量が \(E = mc^2\) によりエネルギーに変換される。 太陽では毎秒426万トンの質量が\(3.8 \times 10^{26}\) Jのエネルギーに変換されている
太陽程度の質量の星は、
ことが知られている。 ここから太陽の寿命の概算値を求めてみよう。
必要な情報は以下の通りである2 回答のヒント: 1秒あたりに失われる質量\(\left(1\mathrm{L}_{\odot} / c^2\right)\)と利用可能な質量\(\left(1\mathrm{M}_{\odot} \times 0.1 \times \left( 1 - \frac{m_\alpha}{4\times m_p}\right)\right)\)を比較すれば良い。。
概ね太陽の寿命程度の値が出てきただろうか?
月のレーザー測距(中国科学院ホームページより)
Apollo 11’s laser reflectors. (NASA)
Apollo 15’s laser reflectors. (NASA)
太陽までの距離はどの様にして測るのだろうか。 一般に天体までの距離の測定は困難であり、天文学に於いて常に大きな問題となる。 遠方の天体(例:隣の銀河までの距離、宇宙初期の天体までの距離、等)の測定には様々な方法が用いられる。 以下ではまず比較的近距離の天体の距離測定方法を紹介する。
星の距離の三角測量 (Wikimedia commons)
距離測定法として一番確実且つ精度の高い方法は「ものさし」を当てることであろう(直接測定)。 当然ながらこの方法は天体までの距離測定には利用することが出来ない。 そこで用いるのが“反射”を利用する方法である。 身近な距離測定にも超音波やレーザーを測定対象に向けて照射し、反射波が返ってくるまでの時間を測定する測距が行われる。 宇宙空間では超音波は利用出来ないが、レーザーや電波は利用出来る(光の速さで進むのでその往復時間を測れば良い)。 測定対象が“硬い地面”を持っている必要があるが、月や火星までの距離測定にはこの方法が用いられる。
惑星の公転周期(太陽の周りを一周する時間)は太陽からの距離に依存する(次項「ケプラーの法則」参照)ため、火星までの距離、及び地球と火星の公転周期が分かれば、太陽までの距離を知ることが出来る。
精度の高い測距法として、三角測量も重要である。 太陽よりも遠くの天体までの距離を測る方法として特に重要なのが、地球の太陽の周りの公転を利用した三角測量(右図)である。 (詳細は次回の講義で扱う。)
ヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler 1571–1630、ドイツの天文学者; Wikimedia commons)
ケプラーの第2法則(Wikimedia commons)
天体の運動の記述として重要なのが、「ケプラーの法則」である。
ケプラーはティコ・ブラーエの観測記録から太陽に対する火星の運動を推定し、惑星の運動を説明する経験則として1619年に“ケプラーの法則”を発表した3 地動説を唱えたコペルニクス(「天体の回転について」1543年)や宗教裁判にかけられたガリレオ(“ガリレオ裁判”; 1616年、1633年)と同時代であるが、ケプラー自身は教会から迫害されることは無かったようだ。 ケプラーの法則は以下の3法則からなる。
遠心力\(f \propto \frac{v^2}{r}\)の証明
ニュートンはケプラーの法則を整理し、万有引力の法則を導出した(1686年)。 以下に万有引力の法則からケプラーの第3法則を逆にもとめてみる。
遠心力と引力が釣り合っていることから\(\frac{v^2}{r} \propto \frac{1}{r^2}\)、すなわち\(v^2 \propto \frac{1}{r}\)が得られる。 これを公転周期の式に代入すると、\(T^2 \propto r^3\)が得られる。
ケプラーの法則はニュートンの法則(万有引力の法則)に一般化されることで、より広い応用範囲を得ることとなった。 万有引力が逆2乗則に従う(\(f \propto \frac{1}{r^2}\))は、とりも直さず空間が3次元であることの証明となる。
ニュートンの法則が一般化された法則として力を持つ一方、(そこから導かれる)ケプラーの第3法則もまた特に天体の性質を調べる上で未だに有用である。 応用例として天体の距離測定や質量の測定が挙げられる。
但し万有引力定数\(G\)の値を精度良く知るのは難しく、現在でもその精度は4桁程度しかない。 天体の質量の見積もりを万有引力の法則から行う以上、その精度は常に万有引力定数\(G\)の精度の影響を直接受けることになる。 天体の質量を通常「太陽質量の何倍\(\left(\mathrm{M_\odot}\right)\)か」と表現するのはこのためである。
Image Credit: Climate Science Investigations
ウィリアム・ハーシェル(William Herschel, 1738 - 1822)。ドイツ生まれ、後にイギリスに移住。当初は音楽家として活躍するが後に天文学者としての業績が有名になる。赤外線の発見以外の主な功績として、天王星の発見(1781)、天の川銀河の構造の推測など。(Universal Histroy Archive/IPAC)
Science Museum, London / Science and Society Picture Library
太陽からの光をプリズムで分光すると虹の七色に分かれるのは良く知られているが、赤い光の更に外側にもなんらかの複写が届いていることを示したのはウィリアム・ハーシェルであった。 1800年にプリズムを使った実験で光の見えない赤色の外側に置いた温度計の温度が上昇することから、ここに熱を伝える光(“calorific light”)が届いているとした。 この光は後に「赤外線」(infrared light)と呼ばれる様になる。
後の研究により、赤外線に限らず電波やX線等の様々な波長の輻射が観測される様になると、スペクトルの形を決めるのは温度であることが明らかとなる。 全てのものは温度に応じて表面から決まったスペクトルの輻射を出しており、これを「黒体輻射」と呼ぶ。 右図に示すとおり、黒体輻射のスペクトルのピークは輻射源の温度が上がるにつれて長い波長(赤外線)からより短い波長(可視光\(\sim\)紫外線)へと移っていく。
更には輻射の強さも変化する。低温では光は弱く、高温になるほど強い光を放つ様になる。
このことはたとえば鉄を熱して赤く光る様子を想像すると分かりやすいだろう。 温度が上がると最初は赤黒い光を鈍く放ち、更に高い温度になるとより強く光ると共に、色が橙\(\to\)青白い色へと変化する。 白熱電球のフィラメントが光るのもこれと同じ原理である。
これらのグラフを書く際に、縦軸・横軸のスケールがどうなっているかに注意しよう。 普通のグラフは「リニアスケール」(数字が\(0,~1,~2,~3,~\cdots\)と等間隔で並ぶ通常のスケール)で書かれるが、非常に広い範囲の値を示す数値をグラフ表示する場合、軸を「対数スケール」で書くことが多くある。 リニアスケールの数値が\(0,~1,~2,~3,~\cdots\)と変化するのに対し、対数スケールの数値は\(10^0,~10^1,~10^2,~10^3,~\cdots\)と変化する。 つまりひと目盛り毎に10倍、100倍、\(\cdots\)となる。 グラフ上の少しの違いが実は非常に大きな値の違いに対応する為注意を要する。
もう一つの特徴として、\(Y=X^n\)の指数的に変化する関係を対数グラフに表現すると、グラフが直線になるという利点もある。 このとき直線の傾きは指数\(n\)の値となる。
Image Credit: Wikipedia
太陽の輻射する光はほぼ黒体輻射に等しいが、地球上に届くまでに大気による吸収を受け、全てがそのまま地表に届くわけではない。 赤外線は主に水\(\left(\mathrm{H_2O}\right)\)による吸収が、紫外線は主にオゾン\(\left(\mathrm{O}_3\right)\)による吸収が効く。 オゾン層のおかげで地上に届く有害な紫外線が制限され、生命の生息環境が維持されているのは良く知られている。 赤外線は水(水蒸気)による吸収が効くため、これを避けて赤外線による天体観測を行うためには対流圏の上の成層圏に出る必要がある。 対流圏の中でも標高が高いほど水蒸気量は少なくなるため、望遠鏡を高山に作るのは水蒸気を避けることが主な理由である。
太陽大気中にどの様な元素がどの様な割合で含まれているか(元素組成比)を知ることは、宇宙の元素組成比を知る基本となるため大変に重要である。 一方で太陽大気を直接調べることは出来ない4 太陽の外層から吹き出したガスが地球まで届く“太陽風”を調べることは一部行われている。 ため、大気組成を間接的に調べる必要がある。 様々な元素はそれぞれ固有の波長の光を輻射・吸収する。 このためスペクトル中の輝線・吸収線の波長とその明るさ若しくは吸収量を観測することで、太陽大気に含まれる元素組成を調べることが出来る。
University of Oklahoma Libraries
By Deutsche Bundespost (scanned by NobbiP) [Public domain], via Wikimedia Commons
太陽スペクトルをプリズムで分光すると、多くの暗線(吸収線)が観測される。 この吸収線を系統的に調べたのはフラウンホーファーである(1814年, 発見は1802年イギリスのウォラストンが先)。 これらの吸収線は、彼の付けた記号と共に“フラウンホーファー線”と呼ばれる。
(Martin, B./the King’s University College Astronomy Online)
元素が固有の波長の光を輻射・吸収する様子を、水素原子模型を例に説明しておく5 水素原子には電子が一つしか存在しないので説明が簡単になる。。 右図は水素原子核(陽子)の周りを電子が回っている様子を表す水素の「原子模型」である6 現在の量子力学では電子の振る舞いについてもう少し複雑な理解をするが、ここでは量子力学の始まりの際に考えられた模型(“Bohr model”と呼ばれる)を使って解説する。。 電子の様な小さな粒子が粒子であると同時に波としての特徴を示すことが、量子力学の要諦である。 このため電子は陽子の周りを周回する際、一周回ったときに波の山と山・谷と谷がちょうどつながる様な“軌道”を通る必要がある7 この様に考えると実際の現象をスッキリ説明出来る、という理解の方が近い。。 この制約を考えると、電子が取れる軌道は右図の様に飛び飛びにしか存在しない8 飛び飛びになることを“量子化する”と表現する。Quantizeの訳語である。。 電子の持っている運動エネルギーもまた飛び飛びとなり、一番内側の軌道(\(n=1\)の軌道)が最もエネルギーが低く、\(n=2,~3,~\cdots\)と外側の軌道を回るほど大きな運動エネルギーを持つことになる。
電子が一つの軌道から別の軌道に移る際には、運動エネルギーの差に相当するエネルギーを外部に放出、または外部から吸収する必要がある。 外部とのエネルギーのやり取りは光により行われ、運動エネルギーの差に相当するエネルギーを持つ光子が吸収、または放出される。 特定のエネルギーを持つ光子は特定の波長の光となる9 \(E=h\nu\)、ただし\(\nu\)は光の周波数、\(h\)は定数 (プランク定数)。 ため、水素原子に吸収・放出される光は必ず特定の波長の光となる。
電子の内側の軌道から外側の軌道への遷移(低いエネルギー準位から高いエネルギー準位への遷移)は、光の吸収により行われ、この時スペクトル線に“吸収線”が出来る。 これは熱い物質からの黒体輻射が、我々に届く際に我々から見て手前にあるより冷たい物質中を透過する際に起こる現象である。 フラウンホーファー線は太陽外層の低温のガスによる、太陽黒体輻射の吸収で出来る吸収線である。
水素原子が十分大きなエネルギーを吸収すると、電子は水素原子の束縛を離れ、電子と陽子がバラバラの状態となる。 これを“電離”と呼ぶ。 太陽大気は高温のため、水素原子は電離したプラズマ状態にある。
プラズマ中の電子は陽子と出会うと、運動エネルギーの一部を光として放出することで陽子と再び結合出来る。 この時再結合した水素原子から放出される光が“再結合線”である。
水素のエネルギー準位の組み合わせを考えると、水素の出すスペクトル線は右図に示す様なきれいな並びとなる。 歴史的経緯により、これらにはその“系列”毎に研究者の名前が付けられ、更にエネルギーの低い(波長の長い)側から順に\(\alpha,~\beta,~,\gamma,~\cdots\)の記号を付けて呼ばれるのが通例である。 特に可視光の波長帯に存在する“バルマー系列”は様々な天体のガスの分布を観測する際に広く用いられる10 宇宙空間のガスは個数比で9割が水素原子なので、水素を観測すればガスの全体をほぼ観測したことになる。ため重要である。 その記号から“\(H_\alpha\)線”、“\(H_\beta\)”線、の様に呼ばれる。
フラウンホーファーが太陽に観測した暗線のリストは表の通り。 フラウンホーファー自身はそれぞれの暗線を特定の元素に同定するには至らず、A, B, C, \(\cdots\)の記号を付けて表現した11 それでも今日でも「ナトリウムのD線」「カルシウムのK線」等の表現を耳にすることが稀にあるかも知れない。。
ヘリウムは宇宙に多く存在する元素であるにも関わらず、非常に軽く地球大気中で捉えにくいこと、他の元素と結合して分子を作ることがないことから地上の発見は遅れ、最初に太陽のスペクトル線として観測された。 このため当初は地球上に存在しない元素と考えられ、太陽を意味するギリシャ語ヘリオスから採ってヘリウムと命名された。
前述の通り、太陽大気中にどの様な元素がどの様な割合で含まれているか(元素組成比)を知ることは、宇宙の元素組成比を知る基本となるため大変に重要である。 太陽のスペクトル分光観測や太陽風の直接観測などから推定した太陽の元素存在比\(\left(\simeq 宇宙の元素存在比\right)\)を右図に示す。 この図も縦軸が対数スケールであることに注意。 個数比で水素が9割、ヘリウムが1割を占め、その他の元素は最も多い酸素でも水素の1万分の1程度である。
Bahcall and Pinsonneault: Rev. Mod. Phys., 67, 781, 1995
太陽(及び恒星)は単純なガス球であるため、内部の温度・密度等の分布は比較的精密に測定出来る。 自己重力により中心部ほど高温・高圧となり、温度が一千万度を超える中心部の半径2割程度の中心核で水素をヘリウムに変換する核融合が起こっている。
Bahcall and Pinsonneault: Rev. Mod. Phys., 67, 781, 1995
Bahcall and Pinsonneault: Rev. Mod. Phys., 67, 781, 1995
太陽中心部の核融合により、水素とヘリウムの存在比は中心核では逆転していると考えられる。 中心部の水素が全てヘリウムに変換されると太陽はその一生を(ほぼ)終える。
表面付近の3割程度の領域は対流が発達した対流層となっており、ガスが良くかき混ぜられることでガスの組成が均一となっている。
太陽中心部では水素を直接ヘリウムに変換する核融合に加え、炭素・窒素・酸素を介した反応も行われている。(詳しくは星の回で解説する。) このためこれらの元素組成比も中心核と外部とで異なる。 ただしその存在比は水素・ヘリウムに比べてずっと小さいことに注意しよう。
太陽が核融合を行うことで、中心核の水素存在比は徐々に低下して行く。 この様子を計算により求めたのが右図である。 横軸は半径(太陽表面を1として規格化)、縦軸は水素の重量比を示す。 グラフ中の一本一本の線は 10 億年毎に引かれており、0–100 億年の範囲が示されている。 重量比が半径に依らず一定の初期段階(年齢 0 億年)に始まり、中心部の水素存在比が徐々にし、100 億年で0となる。 すなわち太陽の寿命はおよそ 100 億年と考えられる。
現在の太陽中心部の水素存在比は\(0.33\)と推測され、ここから現在の太陽の年齢は約 46 億年と考えられる。 太陽系の一番古い鉱物を含むと考えられる最も始原的な隕石の年齢は\(45.672\pm0.005億年\)と見積もられており、このことからも太陽の年齢推定はほぼ正しいと考えられている。
太陽中心核の水素の存在比の推定は、中心部の密度分布を地震波(日震波)で測定することにより行う。 地震波の伝わる向きと速さは媒質の密度に依存するため、密度が変化すると太陽内部で地震波が複雑に屈折する。 この様子を測定することで、内部の密度分布を推定する。 これは地球内部の密度分布を推定するのと同様の方法である。 太陽表面はおよそ5分周期で振動していることが観測されており、その振動周期を分析することで、太陽内部の圧力分布を知ることが出来る(日震学)。
太陽の精密観測には、人工衛星を用いた宇宙空間からの観測が盛んに行われている。 日本もこれまでに以下の3機の太陽観測衛星を打ち上げており、科学的に重要な成果を挙げている。
異なる方向からやって来た光を望遠鏡の鏡の両端で受けた時、観測波長1波長分以上ずれて光が届くことで異なる2点からやって来た光であることが区別出来る。
3機の人工衛星のリストを見ると分かる通り、人工衛星のサイズ(質量)は徐々に増大している。 これは後から打ち上げる衛星ほどより詳細な観測を目指すため、主にはその望遠鏡のサイズが大きくなるためである。
望遠鏡が対象をどれだけ細かく見えるかを望遠鏡の分解能と呼ぶ。 分解能は望遠鏡の鏡のサイズ(口径)で決まるため、これがより大きな望遠鏡が求められる理由である。
望遠鏡の分解能は、どれだけ小さな角度離れた2つの天体を分離して見ることが出来るかで表される。 従って分解能は角度の単位で表される。 分解能は、以下の式の通り望遠鏡の口径(直径)と観測する光の波長で決まる。 \[\theta \simeq \frac{\lambda}{D},~\left(ただし\theta: 最小分解能、D: 望遠鏡の口径(直径)、\lambda: 観測する光の波長\right)\]
従って詳細な観測のためには、出来る限り口径の大きな望遠鏡を用いれば良い。
地上からの天体観測は、この様にプールの底から水を通して空を眺めるのに似ている(レアンドロ・エルリッヒ『スイミング・プール』2004年 金沢21世紀美術館 (c) Leandro ERLICH 撮影:渡邉修)。
NASAの打ち上げたハッブル宇宙望遠鏡。大気揺らぎの無い宇宙空間から天体観測を行うことで多くの成果を挙げた(Image credit: NASA)。
地上の大望遠鏡(すばる望遠鏡;口径8.2m)とハップル宇宙望遠鏡(口径2.4m)の撮った画像の比較(Credit: NASA, Mauro Giavalisco, Lexi Moustakas, Peter Capak, Len Cowie and the GOODS Team.)
人工衛星はロケットで宇宙空間に打ち上げる必要があるため、大きさに厳しい制限があり、大きな人工衛星ほど打ち上げに多額なコストがかかる。 従って詳細な天体観測のために大きな望遠鏡を用いることを考えると、人工衛星を飛ばすよりも地上に大望遠鏡を設置する方が効率が良いことになる。
それでも人工衛星を打ち上げて観測するのは、人工衛星でしか得られないメリットがあるからである。
その理由の一つが右図に示す様な大気揺らぎの影響を避けることである。 地上から天体観測を行うことは、頭上100kmにわたり存在する地球大気を通して観測することであり、それはプールの底から水を通して空を眺めるのに似ている。 大気を通さずに宇宙空間から観測することで、望遠鏡の理論限界にほぼ等しい空間分解能の画像を得ることが出来る。
UCLA Galactic Center Group / W. M. Keck Observatory Laser Team
しかし人工衛星で打ち上げられる望遠鏡サイズには限界があり12 ハッブルはスペースシャトルの荷室に入る大きさで望遠鏡サイズが制限された。またその打ち上げと運用には総額数千億円がかかっている。、地上の大望遠鏡を活かす技術の開発が盛んに行われている。 この技術を「補償光学」(adaptive optics)と呼ぶ。
具体的には、観測する天体のすぐ近くの空に向けて、レーザー光を照射する。 空に映ったレーザー光の像(本来は点源)が揺らぐ様子を観測し、大気の揺らぎの様子を測定する。 望遠鏡の後ろに薄い鏡を置く。 この鏡は任意の形状に曲げることが出来、その形状はコンピュータにより制御される。 レーザー光で測定した大気揺らぎを逆に補正する様に薄い鏡の表面を曲げてやることで、きれいな天体の像が再現される。
この技術を用いることで、今日では右図に示す通り、地上望遠鏡を使って人工衛星と同等の空間分解能を達成することが出来ている。 地上望遠鏡の方が口径が大きく、より沢山の光を集められることから、空間分解能が同じであれば、人工衛星に比べて地上望遠鏡の方がより暗い天体まで観測することが出来る。 従って今日では特に可視光の天体観測のために人工衛星を打ち上げる意義は薄れていると言える。 (ただし例えば太陽の観測にはこの方法は使えないことに注意が必要である。)
大気による光の吸収率。横軸は光の波長、縦軸は吸収率である。可視光と赤外線の一部、および電波の波長を除き、ほとんどの波長の光が地上からは観測出来ないことが分かる。(Salvetti, D., 2016)
一方天文観測に人工衛星が不可欠である別の理由も存在する。 それは大気による特定波長の光の吸収である。 右図に示すとおり、天体からの光を地球大気が吸収することで、可視光と赤外線の一部、および電波の波長を除き、ほとんどの波長の光は地上まで到達せず、従ってこれらの波長で天体観測を行うことが出来ない。 このためX線や赤外線で天体観測を行う場合には、人工衛星を打ち上げることが必須となる。
人工衛星による実際の太陽観測の様子を見てみよう。 以下の示すのは日本の一番新しい太陽観測衛星「ひので」による太陽観測画像である。
太陽表面の様々な活度が詳細に捉えられていることが分かる。 その多くが筋状の分布を伴うことが分かるだろう。 この筋は、太陽表面の磁力線の分布を示している。
Il campo magnetico della Terra
筋状の物質分布が磁力線を表す理由は、太陽表面のガスが電離したプラズマ状態になっており、電離したガスは磁力線に沿ってしか動けないことが理由である。 右図の通り、電荷を持った粒子が運動すると、磁場から運動の向きに垂直な力を受け、磁力線の周りを螺旋状に運動することになる。 このためプラズマ(荷電粒子)は磁力線に沿って動くことは出来るが、磁力線に垂直には動くことが出来ない。 これをプラズマの磁力線への“凍結”と表現する。 従って太陽表面付近のガスの運動を観測することは、太陽表面の磁場の様子を観測することに他ならない。
右図は太陽表面のガスの温度分布を示している。 太陽のエネルギー源は中心核の核融合であり、従って太陽の温度は中心から離れるほど下がっていくと考えるのが自然である。 実際太陽の内部ではガス温度は中心部ほど高く、表面に近づくほど低くなる。
一方右図にある通り、太陽の表面付近ではその様子は異なる。 太陽表面(目で見える表面\(=\)光球面)で6000[K]程度だった温度はその外側で急激に上昇し、コロナの温度は100万[K]にも達する。 その加熱源は長年謎とされており、右図に示す微小な爆発現象によるとする説(ナノフレア説)と振動する磁場がコロナ中のガスを“振り回す”ことにより加熱するとする説(波動加熱説)が考えられて来た。
日本の「ひので」による観測から、磁気波動による加熱を支持する有力な証拠が得られている。 下記の観測画像から、太陽表面で磁場が細かく振動している様子が分かる。