イントロダクション

宇宙科学I (文科生) 授業補足資料

土井靖生

最終更新: 2019-09-26

1 イントロ

この講義では文科生向けに天文学全般の紹介を行う。 天文学はおよそ“宇宙空間に存在するもの全て”を対象とするため、対象範囲が非常に幅広いことが特徴である。 太陽並びに太陽系内の惑星や小惑星、彗星といった小天体を始め、遠くの星や銀河、ビッグバンに始まる宇宙全体までもが研究対象となる。 これらの天文学の扱う対象特徴として、「その場に行って直接手に取って調べることが出来ない」ことが挙げられる。 すなわち天文学は「究極のリモートセンシング」と言える学問である1 最近は太陽系内の様々な天体を探査機で直接調べることが可能となりつつある。

扱う対象が幅広いこと、且つその対象を直接手に取って調べられないことから、研究のためにはいわゆる理系の知識(「数学」「物理」「化学」「地学」…)を総動員する必要がある。 ただし本講義ではなるべく前提知識を必要としない平易な解説を心掛ける2 ごく稀に数式が出て来ますが無視して下さい

1.1 「宇宙空間」の定義

\ref{fig:erath_atmosphere}[地球大気の構造](https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E7%A9%BA%E9%96%93) 地球大気の構造

天文学は“宇宙空間に存在するもの”を対象とする。 宇宙空間の定義は明確なものはないが、一方で宇宙空間の利用については国際条約が存在し、多くの国が批准している

「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約」(宇宙条約)

  • 第一条:宇宙空間の探査・利用の自由
  • 第二条:領有の禁止
  • その他平和利用の原則など

一般に宇宙空間は「地球大気の外側」として解釈される。しかし地球大気は高度と共に徐々に薄くなるものの、明確な上限は存在しない。 一方で地球大気の上限は領空の上限を意味するため、国際的な共通了解が必要である。 現在では概ね“地上100km以上”が宇宙空間の定義として広く受け入れられている。

1.2 地球大気の厚み

地球大気の厚みは、大気の総量と圧力(地球の重力)で決まる。 大気圧は高度により変化し、高々度ほど小さくなる。 これは大気の圧力が「自分の頭の上にある空気の重さ」で決まるためである3 上に行くほど頭上の大気は少なくなる。

1気圧(\(=1013.25\) [hPa])の大気圧4 1Paは\(1~[\mathrm{m^{-2}}]\)当り\(1~\mathrm{[N]}\)の力を加えた圧力。1hPaはその100倍。\(1[\mathrm{N}]\)\(1[\mathrm{kg}]\) の重さ \(\times\) 地球の重力加速度 \(( =\) \(9.8\) \([\mathrm{m~s^{-2}}])\)の力。は1平方センチ当り\(1 \times 10^{3}\)[g]の重さに相当する。 1平方メートル当りでは10トンほどの重さになることに注意しよう。 一方1気圧の大気の(個数)密度は\(2 \times 10^{19}\) \([個\ \mathrm{cm}^{-3}]\)であり5 \(n = P/(k_\mathrm{B} \times \mathrm{T})\)より。ただし\(P\)は大気圧(\(1気圧=1013.25\) [hPa])、\(k_\mathrm{B}=\)\(1.38 \times 10^{-23}\) \([\mathrm{J/K}]\)はボルツマン定数、\(\mathrm{T}\)は大気の温度(絶対温度、ここでは300[K]とした)である。、主に8割が窒素分子、2割が酸素分子からなる。 従って1立方センチメートル当りの1気圧の大気の重さは \(1.17 \times 10^{-3}\) [g] である。 ここから換算すると、大気の厚みは10kmにも満たない(\(8.8\) [km])。 しかし前述の通り、上空に行くほど大気は薄くなるため、右図の通り上空100kmを超えてもごくわずかの大気は存在する。

\label{fig:atmosphere}[(ISAS大気球ホームページより)](http://www.isas.jaxa.jp/missions/balloons/) (ISAS大気球ホームページより)

[(気象庁ホームページより)](http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/whitep/1-1-1.html) (気象庁ホームページより)

一方大気の温度は上空10km程度までは一定の割合で低下する。 これは大気の加熱源である太陽光が大気を透過するため大気を直接温めることが出来ず、いったん地表面を温めてから間接的に上空の大気を温めることによる。 しかし高度10kmを超えると気温は再び上昇に転じる。 これは上空のオゾン層が太陽光の紫外線を吸収し、直接暖められることに因る。

上空ほど気温が低い場合、上昇気流が生じる(対流圏)ことで地上/海上から水蒸気が供給される。 一方さらに上空で高度にともなって温度が上昇する場合は対流が生じないため(成層圏)、水蒸気をほとんど含まない大気となる。 天文学の観測において水蒸気はひとつの大敵であり、従って天体観測は高度10kmより高い場所を目指すのが一つの目標となる。

1.3 天文学の守備範囲について

前述の通り、天文学の扱う対象は“宇宙に存在するもの全て”であり、歴史的には太陽系内の地球以外の天体も天文学の重要な研究対象であった。 しかし近年探査機による直接探査が可能になるなど、太陽系内の各天体の様子が“手に取るように”分かる様になると、各天体と地球との直接比較により共通点・相違点の議論が可能となる。 この結果太陽系内天体は天文学の研究対象としてよりは地球科学の研究対象(惑星地球科学)として主に扱われる様になった。 (ただし太陽系内天体の内、太陽だけは、比較研究の対象が恒星であるため、天文学の主要な研究対象の一つであり続けた。)

ペガスス座HR8799星(地球からの距離129光年)の観測画像([Credit: Jason Wang and Christian Marois](https://exoplanets.nasa.gov/news/1404/a-four-planet-system-in-orbit-directly-imaged-and-remarkable/)) ペガスス座HR8799星(地球からの距離129光年)の観測画像(Credit: Jason Wang and Christian Marois)

しかし近年、この状況が再び変わりつつある。 契機となったのは、1995年の系外惑星の発見である。 この発見に引き続き現在までに数千個を超える系外惑星が発見されるに至り、太陽系と太陽系外の惑星系との比較研究が非常に盛んになっている。 この結果天文学と惑星科学との境界は再び無くなりつつあると言える。

この授業は“ある程度歴史的な”天文学の範囲を扱うこととし、惑星科学については簡単に触れることとする。 惑星科学(+地球科学)の詳細は“惑星地球科学”の各講義を参照して欲しい。